古い資料を探していた時に、小学生の頃、「書道教室の先生になりたい」と、書いた作文が出てきた。
ふと、考え込んだ。
今、書道教室を運営し、「書道の先生になりたい」と言っている小学生が在籍している。
現実にするかどうかは、今後の長い時間の中で様々な経験と様々な影響、当人の意志や努力により左右するだろう。当然、中には、その夢は自然と変わっていくこともある。
私が小学生の頃、通っていた書道教室の先生には、当時の私の夢を伝えたこともなかったこともあり、ただ黙って何もおっしゃらなかったが、夢を知っていた小中学校の先生や周りの大人は、静かに応援してくれたり、アドバイスを頂戴した。
今井凌雪先生は、子供の頃からの憧れ続け、実際お会いしてからも、その憧れや期待が裏切られることがなく、私は、ここまできたように感じている。
今、振り返って思うことは、「一人でかなえられた夢ではなかったなぁ」とつくづく感じる。
書き損じた紙を広げまくっていても、その紙が彼らの部屋まで占拠していても、不思議ときょうだいから文句ひとつ聞いたことがなかった。
書を通じて出会った方々のご協力やご支援も大きい。
私自身は、これまでの選択に後悔もなく、今、小学生に一つの夢を与えられたのならば素直にうれしいの一言である。
だが、今の小学生が、将来、私と同様に思えるような道であろうか・・・。
確かに書を学ぶことは、心の豊かさを保ち続けられ、苦しみも多いが楽しみも多い。この点は、将来も何ら変わりないと言い切ることができる。しかし、・・・。
この難点を、何とか私の世代で解決できないものだろうか・・・。
最近、つくづく考えることもあり、作文を読み直したことで、難点というか、難題に取り組む必要性を感じている。
書道教室の運営の難しさを少子化やその周辺問題で片づけず、取り組めることは山ほどあるように感じている。