「お手本をよく見て書きましょう。」
書道では、当たり前のお稽古です。
しかし、言葉だけをよく聞くと、子供たちは、
「ちゃんと見てるよー」
と、言葉が返ってくる。
確かに、何の文字をどこに書くかは、よく見ている。
しかし、どの文字をどのように書いているかを見られるようになるには、時間がかかる。まだ幼い園児にとっては、それができるようになるまでには、年単位の時間が必要です。
小学生であっても、早い子は、あっという間にコツをつかむが、やはり年単位で時間がかかる子もいる。
それでも、うまくコツをつかんでも、更なるハードルがあることは、書道を学ぶ場合の難しさです。
筆づかいひとつをとっても、お手本を見て、最初の頃は、見えていないものを見て理解できるようにならないといけない。つまり、習得できていない筆づかいにどれだけ気をつけて、お手本から見て取れるかが求められる。
「もっとお手本をよく見て書きましょう。」
熟練者に対しても同じことがいえる。
大人で何年も書の鍛錬を重ねた人に対して、単純すぎることを言えば、嫌な気分になる方もおられるでしょう。
しかし、特に古典の臨書などは、私自身も、何度も練習し、何度も書いて、何度見ているものでも、新しい発見は、いつもある。
ふとした瞬間に、驚かされることがある。
現役の先生の手本でもそうでしょうが、古典には、古典として引き継がれてきたことの重みがあり、それを知れば知るほど、その発見は、深い。
新しい年がはじまり、今年も心を引き締めなおし、新たな気持ちで書を学びたいものです。