お手本

手本をよく見る(続き)

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手本をよく見てかくことは、簡単なようで本当に難しい。

以前の記事の続きを書き進めましょう。

当たり前のことを正しく、人は、淡々と生活している。当たり前に当たり前の教育を受ければ、人は、正しいと思うことを正しく行う習慣が身につく。それは、世界に誇れる日本の当たり前の教育の姿です。
しかし、書道を学ぶ際に気をつけないと、これが、落とし穴にはまることになる。

つまり、自分で正しいと判断すれば、それで書いてしまう。何をもって正しいと判断するか。書道では、何を判断の基準にして正しい、書道の美しさ(書美)と考えるかが重要です。
書道を学ぶ場合、書美を知るまでに、それ相当の時間がかかる。書美を知るとは、鑑賞眼の向上なくして、知ることはできないのだが、一定レベルにくると鑑賞眼の上達ほど、難しいものはない。

何度も添削を受けても、自分の判断を変えようとしない例は、子供でも大人でも同じです。
悪意があって、変えないのではなく、固辞しているのでもない。単に、気がつかないのです。何度も、繰り返し、伝えることは、指導者にとって、一番、骨がおれる。
私は、仕事柄、気が長い方だが、それでも、心のどこかに、「もう、わかってよー」という気持ちがわくこともある。そんな気持ちを抑えて、言葉を変えて、表現を変えて伝える。どうしてもというときには、直接的に表現する。

子供でも大人でも、自信がついた頃が一番危ない。
この落とし穴は、はい出ようとしても簡単ではないからだ。しかし、何度も、この落とし穴に落ちなければ、鑑賞眼が飛躍的に向上することもない。
展覧会に足を運び、鑑賞眼の向上を心がけていても、気をつけていても、それでも、落ちてしまうこの穴。

きょうほ書院では、6月の展覧会にむけて、作品づくりが始まりつつある。私は、いつもより、厳しい眼で作品を見てしまう。落とし穴の中にいる子や人に手を伸ばし、全員、納得できる作品を発表できるように。

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